日付: | 2016年10月10日 |
場所: | プロッケント峠(Carnico PlöCken pass: 標高 1,360m) | 地域: | イタリア(Italy)アルプス北東部 |
訪問地: | Arta Terme, Cercivento(588m), Paluzza, Timou(820m), Carnico PlöCken pass 1,360m), (car) , Wien |
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昨日、夕食を済ませてホテルの外に出た。ホテルの玄関前には国道が走っており、その向こうには川が流れている。この川はブット川(But)と呼ばれ、イタリア北東部のアルプス(カルニッシェ・アルプス)を源流としている。
ちょうど、黄昏時だった。川沿いの道をブラブラして時間を潰す。しばらくすると、暗くなり、少し肌寒さを感じるようになった。 ホテルに帰る。ホテルのフロント横に一杯飲み屋風のバーがある。何人かの男が、そこでワヤワヤと話しあっていた。ちょっと一杯と思い、白ワインをグラス1杯分で頼む。なんと1ユーロ(110円)で良いという。おまけに、ポテトチップのおつまみまで用意したくれた。 何度でも、このホテルのレストラン、日曜日の夜も営業しているとのことで、賑わっている。いろいろと観察してみると、バーの周りでしゃべりあっていた男たちは、ピザの持ち帰りのために、焼き上がりを待っている人たちのようだった。どうもこのホテルのバーは、この街で、数少ない日曜日の夜に開店しているお店のようだった。 朝は、6時過ぎに目覚めた。よく眠れた。日曜の夜、宿泊客も少ない。レストランの朝食バイキングも私一人で独占状態だった。 |
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セルシベント(Cercivento)の村内を散策する。観光案内によれば、この村には、この地方(Carnia)特有の昔の建物がいまだ多く残っていると書かれていた。その特徴は、石をアーチ状に積んだ玄関だという。
言われてみれば、石造りのアーチ状玄関を構えた家が多い。なるほどである。村内の風景を写真に撮っていると、一人の老婆とすれ違った。年齢は優に70歳を越えている容姿だ。このおばあさん、すれ違い間際に、「ボンジョルノ」と挨拶をしてくれた。なぜか急ぎ足で、村の中心の方に向かって歩いていった。 次にこのおばあさんを見かけたのは、村にある一軒の小さな食料品店の前だった。右手に黒の布袋を持ち、その袋の中には恐らく食料品が入っているように思える。このおばあさん、食料品店を出ると、速足で来た道を引き返していった。 なぜか、このおばあさんが気になる。この村に何年住んでいるのだろう。毎日の日常は、こんな感じで進行しているのだろうか。旦那さんは健在だろうか。息子や娘は何しているのだろうか。と考えに耽る。 私がこの村を去っても、このおばあさんは、いつものリズムで生活を続けていくのだろう。おばあさんの人生と私の人生の接点は、ほんの一言の挨拶だけだった。10年、20年などあっという間に過ぎ去ってしまう。やがて、おばあさんもこの世を去る。私も、同じようにこの世からいなくなる。世に生きる人々の顔ぶれは、どんどん変わっていく。 |
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チマウ(Timau)の村に着く。この村はアルプス越えする際のイタリア側の最後の村である。村の周りは、石灰岩が創る岸壁が迫る。川沿いの開けたところに、何百頭もの羊をつれた羊飼いが通りすぎる。この風景は、豪快である。
今、職業として何をやってみたいかと聞かれたら、私は迷わず、「羊飼い」と答えるだろう。牧羊犬を使って羊の世話をし、朝から晩まで、時を過ごすなんで、なんと贅沢なことだろうと思う。 チマウ(Timau)の村は、イタリアの山間にある小さな村である。日本であれば、日本中、どこに行っても山間に立地する村は閑散として寂しい。ところが、イタリアの村にはそういうことがない。どことなく村に活気が感じられる。なぜだろう。これは不思議だ。 |
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今日は、ほとんど自転車で走っていない。せっかくだから、少しは自転車に乗ろうと思った。
峠には、自動車で登ってきた。昨日と一昨日、かなりハードに坂を登ったので、最終日の今日は、手抜き日にした。 標高1,360mの峠に着いた。国境には、今は、使われてはいないが、しっかりとした施設が残っている。この国境の周りには、駐車スペースとして広々とした空き地がある。どうだろう。小さな野球場ぐらいの広さはあるだろうか。今は、季節外れなので、駐車している自動車の数は少ない。 それではと、自動車から自転車を取り出して、この広い駐車場を自転車で走ってみる。今日の峠登りは、まったくの手抜きである。 |
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峠を越えてオーストリアに入る。アルプスの南ダレと北ダレの違いなのか、どことなく植生の雰囲気が異なる。次第に高度が下がる。すると、道路の左側に墓地が現れた。自動車を停止して、どんなものかと眺める。フランスのブルターニュに観られる戦没者墓地にも言えるが、ここの墓地もシンメトリックに墓標が並べられた墓地である。
第一次大戦と言えば、20世紀の始めの出来事である。当然のことながら、当時の戦争経験者は、この世に生きてはいない。戦死した人も、戦争に参加してその後に亡くなった人も、もう、この世にいない。国破れて山河在りとは、よく言ったものである。 |
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