日付: | 2015年2月22日 |
場所: | ターブリンガー・コーゲル(Turblinger Kogel:494m) オーストリア(Austria) 下オーストリア州(Niederösterreich) |
訪問地: | kennedybrüke(Wien) Purkersdorf, Gabitz, Alhang, Mauerbach, Ghr. passauermof峠 Tulbringer Kogel, Tulbringer, Mauerbach Hütteldorf |
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シェーンブルグ宮殿(Schloß Schöbrunn)近くにケネディー橋(kennedybrüke)がある。
そこから、西に約7q先のボルブ(Wien Wolf in der Au)の街まで、ウィーン川に沿って、自転車道兼、
散歩道(Wien Fluss Weg)がある。川沿いであることから信号で待ったをかけられることなく、走ることができる。これは
立派な道だ。
その道を走る。空は、どんより曇っている。天気予報は、午後に雨になると言う。 ビルディングの壁に掛けられた温度計が摂氏7度を表示している。 |
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終点近くなると、山々が両脇に迫る。ウィーンの森に入ったことが実感できる。
道も舗装が切れる。そしてダート道になる。細いタイヤの弱点がもろに出て、とても
走りにくい。またパンクも心配だ。
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プルカースドルフ(Purkersdorf)の街に入る。なぜか、空腹感が強い。
今朝は、しっかりと朝食をとった。日曜日の朝は、パン屋は開いていることを思い出す。
そして、街と言っても、そんなに大きくはないが、自転車でさまよう。
一軒の店を見つける。外から、販売しているパンが見える。中に入る。そして、 60歳近いおばさんに向かって、覚えたてのドイツ語でパンを注文する。みごと通じた。これでよし。 |
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街の中で、パンを齧るのも良いが、できれば見晴の良いところはないかと探す。
街の北側にハイキング道の登山口がある。ほんの少しだが、そこの見晴台まで、
自転車を担いで登る。
コヒーを飲みながら、パンを食べる。目の前に広がる街並みを見下ろす。いつも思うが、 なぜ、自分は、今、ここにこうしているのだろうと自問する。雪景色の山々は寒々しい様相だ。 |
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プルカースドルフ(Purkersdorf)からガビッツ(Gabitz)の街を抜ける。そしてアルハング(Alhang)
から山道に入り2km程で峠に着く。峠といっても、標高はせいぜい300m程度だろう。だのに、
日当たりのせいか、雪が残る。
そして下り坂を一気に走り降りるとモウアーバッハ(Mauerbach)の村に着く。 |
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オーストリアという国は、自転車乗りに優しい。ただ、ハイカーにも優しい。
結構、道路沿いを注意してみると自転車侵入禁止の交通標識を見つける。
この自転車侵入禁止の交通標識の後ろに見える池は、釣り専用の池らしい。 用は釣堀だろうが、スケールが違う。池の横に小さな古めかしい小屋が立つ。 その小屋の前に、大物を釣った際に撮影した写真が並べられている。 なんと、1メートル長もある、大ナマズを抱えたオッサンがいる。 これは正直、あっぱれだ。 |
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ターブリンガー・コーゲル(Turblinger Kogel:494m)まで、2kmの標識だ。
ここは、峠で、ここから尾根道を走って、ターブリンガー・コーゲルに向かう。
時折、自転車乗りに出会う。結構、冬でも多くの人が走る。それも、 オッサンやおばさんが多い。 |
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どことなく古めかしい石造りの見晴台を期待していた。ところが、見晴台に近付くに
つれて、様子がどうもおかしい。そして、近代的ならせん階段が露出した見晴台を目の前
にして、若干失望だ。まあしょうがない。
見晴台の上からの眺めは、残念ながらモヤがかかって、あまり良くない。昨日は、 あんなに良かったのにと思う。見晴台から降りて、2回目の昼食だ。まあ、よく 空くおなかだ。 |
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見晴台からの帰り道は、ちょっと辛い。よくあることだが、道路上だけに雪が残っている。
ためしに、細いタイヤで氷の上を走ってみる。慎重に進む。でも、やっぱり、横滑りしてダメだ。 |
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季節は、もうい2月下旬だ。どことなく山々を覆う木々の色合いが変わってきたような気がする。柳の
枝も黄色が増してきた。また、森の中で、座っていると、小鳥の鳴き声も、元気が出てきたような気がする。
欧州の国々は、どこにいっても街の真ん中に忠魂碑が立っている。モウワーバッハ(Mauerbach)の村にも忠魂碑がある。 なるほどと思うことがある。オーストリアは、第一次世界大戦と第二次世界大戦を比べた場合に、第二次世界大戦 の戦死者の方が多い。以前いたフランスは、圧倒的に第一次世界大戦の方が多い。戦死者の数が歴史を物語る。 |
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