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ここ二日は、テレビで天気予報をよく見る。昨日は、ぴったり当たった。
今朝の予報では午前中は晴れるという。午後は雲が出るという。
午後の雲は気になるが、まあこれでよい方だろう。
天気は快晴。 遠く国立公園(Gran sasso e Monti della Laga)の山々が雪を頂いているのが見える。 国立公園へのアクセスに良いポイントと考えてモントリオ(Montorio al vomano)の街の駐車場に車を止める。 宿から1時間かかった。今日はここから走る。 |
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主要道路を外れて走りたい気持ちが強かった。
ここで道を間違える。
セルクエット村(Cerqueto)方面に進んでしまう。
途中、道を誤ったかもと思ったが、意外にそれが当たることもある。
初心貫徹で、どんどん登っていく。
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不思議に思う。
山の頂上あたりの色々なところに集落が見える。
なんでわざわざそんなところに住むのかと思う。
何を生業にして生きているのだろう。
食糧はどうして調達しているのだろう。
そんなことを考えた。
一番のローギアで、ゆっくりと登っていく。
曲がり角を過ぎると前方に雪を頂いた双璧の山が顔を出した。 12月下旬では2000mを超える山は自転車では無理だ。 ただ、逆行で山の美しい山々の写真が撮れない。 残念だ。 |
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頂上付近まで登ってきた。時々、歩き押しをしながら何とか登ってきた。
最近は、無理をしない。無理してもそれが将来、プラスにリターンしてくるはずもない。
であれば、最初から無理しない作戦で行う。
カメラが撮った写真を観て思った。 どうも、右上に黒いクスミが映る。 最初はレンズの汚れかと思ったが、そうでもないらしい。 これは困ったものだ。 |
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お昼のちょっと前にセルクエット村(Cerqueto)に着いた。
ほんの20ほどの家が並ぶ小さな村だ。
標高は、村の入り口にある看板によると754mという。
ここでの冬の生活は大変だろうと思う。
林業や放牧か、あるいは別荘か。
村に広場がありベンチが置いてある。 そこから遠く雪を抱く山々をバックに教会が立つ。 あまり古い教会ではないようだ。その広場で昼食だ。 下の街で買ってきたチョコレートとコヒー。風はない。 太陽光線が遠く斜めからさす。暖かさを感じる。 |
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午後は、当初登りたかったピエトラカメラ(Pietracamela)を目指す。
何でもこの村は、イタリアで美しい場所の一つだと言うことだ。
期待をかけよう。
登り口は、今では廃屋になった建物が迎えてくれる。 車社会になり、皆がドンドンこの店に寄らずに上に上がっていってしまう。 結果はこのとおりだ。 こんな無残な姿になってしまったのだろう。 |
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道端に枯葉の溜まり場がある。
風が、この葉っぱを吹き上げる。
冬枯れという言葉がぴったりだ。
どこか日本の道を走っているような感じだ。
山深く、対面の沢面には陽射しがさしている。 少しずつ少しずつ上がっていく。 まわりの景色はドンドン変わる。 自分がいる標高があがっていくことを実感する。 |
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曲道をまがるとコルノグランデ(Corno Grande)の岩山が顔を見せる。
雪を抱え、これはまさに冬山だ。
足に疲れがたまってきた。 登り始めたらもう歩き押し状態だ。 自転車のギアのせいか、普段の鍛錬のなさか。 これは情けない。 後ろから追い越す車からは、どう見えているのだろう。 |
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午後2時にピエトラカメラ(Pietracamela)の村に到着する。
教会の庭で2回目の昼食をとる。
遠くから教会ミュージックが流れてくる。
これは雰囲気あるなあと思う。
ただ、後でわかったことだが、村全体にバックグランドミュージックを流しているとのことだ。
イタリアでもこんなことする村があるのかと驚く。
標高1005mのこの村には、薄っすらと雪が積もっている。 初雪だろうか。 村の中を歩く。 住民は暖房用のマキを準備するのに忙しい。 しかしこの村での生活は不便だろうと想像する。 これが当たり前と思えば、それまでだが。 いったい何を生業に生活しているのだろう。 |
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下り道を急ぐ。
雲が太陽を隠し、今でも雪になりそうな気配だ。
コルノグランデ(Corno Grande)をバックに、岩場に張り付くピエトラカメラ(Pietracamela)の村が美しい。
この村は訪れるより遠くから眺める村という感じだ。
夏に再訪し、この山々を登ってみたい。 |
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