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風が強い。そして寒い。幸い天気はマアマアだ。
ドナウ川のさざ波に白波が立つ。逆行で、光溢れる大河が寒々しい。
意気込んで地下鉄のプラットフォームに自転車を持ち込んだ。初めての経験だ。 ところが、何かの理由で1号線は運休中とのことだ。プラットホームに人影はない。 ほんの10分も経たないうちに、電車がやってきた。これには驚いた。まったくの 放送がない。 |
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変なことを考えた
終着駅の皆さんは、何かの用があって、ここにいるのだろう。 この時間、この場所で、ここにいる。当たり前の風景だろう。私という 人間がこの時間、この場所にいなくてもこの風景はこのままだろう。どこか 不思議だ。私からみたらすでにプログラムされた時空ではないか。 走り始める。組み立てに時間がかからないということは便利だ。昨日、登ってみたかった 小さな小山を目指す。先ほど、雨でも降ったのか道路の表面が濡れている。 |
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1929年に創設された公園という。昔は軍事施設だったのだろうか。そんな面影だ。
この公園の回りは、住宅開発され家々が並ぶ。その家々を縫って登坂に四苦八苦する。
朝の走りだしだ。まだ太もものパワーはフル状態だ。都合、100m程度の登りを一気に 登りきる。すぐに頂上についた。標高は322mという。 |
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頂上の標高が一番高いところは、サッカー場になっていた。
そのまわりは、子供の遊具がずらりと並んでいる。まさに子供用の遊園地だ。
南斜面は、日当たりが良い。ところどころの見晴が良いところにはベンチが置かれている。 眺めを堪能できる。冬、草木が葉っぱを落としたウィーンの森が眼前に広がる。 ここを歩いたり、自転車ではしったら、さぞかし気持ちが良いだろう。 |
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次は、ヒュウテドルフの南の丘を目指す。電波塔が立っているのが街から見えるから
そこまでは行くことが可能だろう。
家々の間の登り道を頑張って登る。結構な急傾斜の坂道だ。 途中の眺めの良いところで一服する。風が強く寒いが、眺めが段々と良くなっていく。 先ほど、登ったウフファーズ山公園が下に見える。標高は400m近くまで上がっているのかな。 |
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ベンチが並ぶ。その一つからは街が眼前に広がる。これはすごい。
昨日、通過した道。また、街を歩いていて出会う建物のほとんどが眼前に広がる。 まとまりのない街だが、高台から眺める街はどこの街もとても美しい。なぜだろう。 |
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この細道には、名前がある。「ハインリッヒ・ミューラーの小道」という。
なんでも看板によれば1918年生まれ2005年没の政治家らしい。その政治家が晩年
暮らした街なのだろうか。
ウィーンの街には、日本では絶滅してしまったこのような小道が多い。人間一人が 通れるゆったりとした細道。そこを自転車を押して歩く自分は、何か、時間を超えて生きて いるような気がする。 |
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昼食のために森の中に入る。自動車から、たったの50mほど入っただけで
鬱蒼とした森だ。切り株の上に手袋を引いて腰を下ろす。
不思議だ。こうして自転車で旅をすると、昔のいろいろな風景や街並みが 頭の中で思い出される。日本にいた2年間は、まったくの空白で「無」だったように フランスを走った日々が、記憶に蘇る。自分の脳は、どうも日本にいた記憶 を一所懸命に消そうとしている気がしてしょうがない。 |
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東に向いて進む。街並みに降りていく感じだ。しだいに見下ろす感覚はなくなる。時折、
雲が太陽を隠す。とたんに周りの景色は一変する。寂しい冬の景色の中に入る。
煙突が一本見える。結構、高い煙突だ。この煙突はウィーンの西の端を表す良い目印だ。 その麓を通る。しだいしだいにウィーンの街の立体感が頭に入っていく。 |
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ブドウの収穫期はすでに済んだ。斜面に立った家は、一杯飲み屋を閉じている。
季節ともなれば、この辺りは、所謂、ホイリゲ酒場だろうか。南斜面、いい場所だ。
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歴史を感じさせる建物だ。何かなと思う。よくよく見ると入り口の右側は幼稚園の案内だ。
左側にはプラネタリウムのお知らせだ。
どうもプラネタリウムが幼稚園を兼ねているようだ。ずいぶんと歴史的建造物を うまく使った幼稚園だ。プラネタリウムは、今年の催し物について紹介している。 |
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