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ちょっと古めかしいホテルだった。バスタブ付き、ベランダありで朝飯はビュッフェ形式
でホテル代に込み。これで37ユーロは安い。さすがスペインだ。
ホテルは家族経営だ。 おばあさんは、階段を登るのも苦労するほどモウロク気味。ただフランス語を話せるのは このおばあさんだけ。女将は、まったく理解できないようだった。フランスからの国境から ほんの数百メートルしか離れていないのに、こんなものなのだろうか。 |
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たまたま愛嬌で黄色に塗ったのかな。スペインの郵便ポストは、どことなく面白い。
この道を100m進むとフランス・スペインの国境だ。かっては戦争もしたことがある国同士が
今は、表向き仲良しこよしだ。
スペイン側なのに、フランスの代表的なスーパーの広告も 堂々と掲げられている。しっかり買いに来てねということだろう。 |
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ここはカタルーニャ地方だ。フランスからこの地域に入るには地中海側から入るか、あるいは
ピュイムラン峠(標高1920m)を越えて入ってくることになる。ピュイムラン峠を越えると、ガラっと
風景が変わる。
森には低木の松林が生え、何と言っても畑に小麦が植えられている。 年間の日照時間が多いことが想像できる。本日は、日差しが強い。最高のサイクリング日和だ。 |
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オセッジャ(Osseja)林道は、総延長が23.5kmの林道だ。地図によれば、終点は
標高2,205mのボルヌ504で、そこはスペインとフランスの国境線があるという。興味深々だ。
通りがかりのサイクリストに尋ねた。「林道は、終点まで行けるか」。そのサイクリストは 親切に、「お前のその自転車なら大丈夫だ。道は荒れているけど、一応、舗装道路だ」。と教えてくれた。 |
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ピレネー山脈には、どこに行っても牛がいる。そのおびただしい数の牛が、
場所などかまわず糞を垂れ流す。気をつけないと、生のフンをタイヤで踏んでしまうことになる。
走りながら、心配した。夏の名物ツールド・フランスは、必ずピレネーの峠越えがレースに 入っている。道路上に転がっているこの牛のフンは、どうするのだろうか。 |
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日差しが強い。昨日、通過した谷を見下ろす高度まで登ってきた。
日陰は、ヒヤッとしてとても快適だ。10分も休んでいると体が冷えはじめる。
この快適さを味わえるのは、サイクリングならではだなあと実感する。
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空に浮かぶ雲の数が増え始めた。松の背丈が短くなった。高度2,000mを越えると
途端に、あたりの風景が殺風景になる。あと200mでゴールだ。
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午後1時過ぎに終点に着いた。ざっと3時間の格闘戦だった。終点にはなにもない。
あるのはこの国境標識504と駐車場だけだ。おびただしい数の糞が、あたりに散らばっている。
もし、湿気が多い地域なら、ここは地獄だ。
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7月末だ。雨が少ないのだろか。緑の芝は、枯れている。
とても殺風景な風景だ。アイスランドやスコットランドの風景にそっくりだ。
せっかくだから、国境標識を抜けて、ダート道を少し走ってみることにする。 |
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1時間半ほど頂上に滞在した。標高2,200mは、風が強く寒い。
下界の街は、標高1,200mだ。ざっと1kmのダウンヒルを楽しむ。
高度が下がるにつれ、ハンドルを握る腕に当たる風が温かくなる。 オセッジャ(Osseja)の街に到着だ。教会広場で日曜日なのにカフェが開いていた。 迷わずビールだ。これが旨い。最高にうまい。一仕事したあとの脱力感と酔いで、 体が、椅子に沈みそうな感覚を覚える。 |
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今から約350年前、ルイ14世の時代は、欧州は領土拡張戦争の時代だった。
その名残りが、ここリビア(Llivia)の街だ。フランスの領土内に飛び地として、スペインの
領土が島状態になって残っている。
日曜日、道路を歩く人は、誰もいない。さすがにフランス風の街並みとは違うなあと感心する。 |
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電車は、午後7時半に出発だ。ゆっくりと電車の中で寝ていけると思った。
ところが、電車は運休で、ピュイモラン峠の向こうのアックスまではバスで代行運転をするという。
フランス人の好きな「急遽変更」だ。
バスの運転手は気さくなオジサンだった。出発まで、旅行客のおばさんとペチャクチャ話していた。 どうもこの運転手、日曜日に家で休んでいたら、携帯電話で呼び出されたらしい。アックスまで 走ってくれと、急に言われたとのことだ。 |
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