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いつも感心するのは、パリ市内に発達した自転車専用道だ。
まったく羨ましい限りである。自転車はとにかく優遇されている。例えば、バス専用道は、ほとんどの場合自転車が通行可能である。
フォンテンブロー(fontainebleau)の町は、パリから南東へ50kmの所にある。 パリからの電車はリヨン駅から出発する。 アパートから自転車で50分走って、午前8時20分に駅に到着した。 |
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パリ・リヨン駅の構内で迷った。パリ・リヨン駅では、長距離列車と近郊列車が
大きく区分されている。フォンテンブロー(fontainebleau)に行くには近郊列車
に乗らなければならない。その切符をどこで買うかが分からない。
切符の自動販売機は長距離列車ばかりである。なんとか近郊列車用の自動券売機を発見するも これは札もカードも受付ないタイプのものであった。これは困る。結局、 窓口まで行って、対面式で切符を買うことになった。 「フォンテンブロー(fontainebleau)までの切符を1枚」と駅員に告げる。切符とともに、 「列車は午前8時49分だ。5分後に出発する。M番ホームだよ。」と パリのフランス人としては、驚くべき親切さだ。 40分程度でフォンテンブロー(fontainebleau)駅に着いた。真っ白な綺麗な駅舎だ。空に晴れ間も見える。 |
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最近、体重が減少している。そのためか、無茶苦茶に腹が減る。
昼食用に駅近くのパン屋で、お決まりの干しブドウ入りのパンとチョコレートパン
を買う。ところが、すぐに空腹感に襲われる。
お昼はどこかで食べればいいやと思い、午前10時に昼食用のパンを食べてしまった。 走り始めて、まだちょっとしか経っていないのに。 |
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フォンテーヌの森は砂岩質だ。ところどころ風化で残った砂岩の塊がゴロゴロとしている。
それが異様な地形を造る。
フランシャールの渓谷(Gorges de Franchard)に着く。渓谷と言っても、日本のような 絶壁に囲まれた谷ではなく、ただ単に地形の低いところに砂岩の岩がゴロゴロしているだけである。 森の家の隣に今は使われなくなった井戸があった。その井戸の由来を説明する看板が建っており、しっかり読んでみる。 <<1813年に井戸を掘り、深さは約60メートルに達すると言う。しかしながら、水は ほとんど出なかった>>と書いてある。砂岩地帯の宿命か、水はけが良すぎるようだ。 気持ち、良好な水はけを好む松の繁茂が目に付く。 |
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印象派画家が多く暮らしたというバルビゾン村の東に、アプルモンの渓谷がある。
岩がゴロゴロと転がっている荒涼とした風景が広がる。そういえば、
抽象派の画の中に、この渓谷を題材した絵があったなあと思いだす。
普通、こういう砂岩の渓谷は、人の手が入ると禿山になってしまうが、 しっかり管理をしているようで、見事な松山になっている。 |
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昔、このアトリエを訪問したことがある。ずいぶん前のことである。
石造りの家、そして水色の雨戸と記憶とおりの風景だ。
20年、私の身の回りでは様々なことがあった。そして今、ここに帰ってきた。 何も変わっていない風景がここにある。 |
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菜の花が真っ盛りだ。
ここでこうしてサイクリングを楽しんでいる自分は、とても幸せだと感じる。
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向い風の中、ミリー・ラ・フォレー(Milly-la-Forêt)の村まで足を運ぶ。
地図によると古い礼拝堂のマークがあったからここに来た。
到着して驚いた。「これだけ?」の言葉である。
隣接した博物館の玄関に説明看板が建っていた。それを読む。 12世紀、東洋との交流が始まり、副産物としてライ病がフランスに拡がった。 この礼拝堂の庭で、そのライ病を癒す薬草を育てたという。 当時のライ病に関する唯一の証拠が、このサンブレーズデサンプル(Saint Blaise des Simples)礼拝堂に残っているという。 なるほどである。 |
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フォンテヌブローの森の西部は岩がちだ。 ところどころでゴロゴロと転がる岩の
塊が小高い山を作る。その小高い山の一つに石碑が建っていた。高さ20m〜30m
の丘なのでちょっと登ってみる。
石碑に刻まれた文書を読んでみる。1943年6月22日、当時ドイツに占領されていたフランスの この森に落下傘で降りてきたフランス人レジスタンス達がいて、そのミッションで 戦士した人たちの栄行を讃える碑だという。 丘の上からの眺めは、見渡す限りの松林の森だ。 |
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森の中の小道は砂が深い。
乗馬用に整備しているのか、自転車には辛い。午後3時過ぎ、にわかに空模様も
怪しくなってきた。登り道の、かならずその先には楽しい下り道があることを信じて
一番のローギヤで、耐えながら走り続ける。
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砂道を抜け、舗装道を走りだす。フォンテヌブローの街への田舎道だ。
その道沿いから眺める菜の花畑。ただ単にため息だけだ。
この国はなんと美しい国なんだろう。 フォンテヌブローからパリまでの列車の中はすごい人だった。私はひとり、 大きな自転車を抱えて、満員電車の中にいた。私の自転車の影になって窮屈そうな隣りの人は、 迷惑そうな顔もせず、一人、ヘッドホンに耳を傾けている。 心の中で「すみません」と考えてしまうのは、まだまだ日本人気質が残っているためだろうか。 |
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