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パリから南に10km、狼たちの谷(Valée-aux-Loups)という公園がある。
18世紀の作家、シャトーブリアン(Châteaubriand)が10年程過ごした場所だ。
今は、県が所有する公共公園になっている。
過去に植樹園として使われていたことから、今は、樹木園として一般公開されている。 その公園の中に庭園が造られており、池の奥に一軒の館が聳える。手入れの行き届いた立派な庭園である。 年が明けてから、どうも泊まりの外出がおっくうになった。天気が今一つであることと、やはり朝の寒さが身に堪える。 |
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竹は19世紀に欧州にアジアから持ち込まれたという。フランスをサイクリングすると至るとこに竹が植えられているのを観る。ただし、日本のような山全体や丘のすべてが竹藪で覆われているような景色には出会えない。
公園の中にベンチが置かれていた。その後ろに、小さいながらの竹藪がある。 ベンチに座って目を閉じる。そして、何とか笹の擦れ合う音を聞こうを耳をそばだててみる。風が吹けば笹の擦れ合う音が聞こえるが、残念ながら、上空を飛ぶ飛行機にその音は負けてしまう。ここは大都市パリの郊外だ。近くにオルリ空港もある。 気が遠くなるよう静けさの中で、笹の擦れ合う音を聞いてみたいと思ったが無理だった。 |
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公園の芝の中に、黄色の花をつけた小さな植物が目にとまった。
1月中旬、寒い盛りである。虫もほとんどいないのに、何のために、こんな鮮やかな色をつけるのだろう。
公園の中の様々な枝についた芽をしっかりと観察してみる。 1〜2か月後に控えた春に備え、しっかりと新芽を携えている。 寝てても、仕事していても、遊んでいても、お酒を飲んでいても、時は確実に過ぎていく。シャトーブリアン(Châteaubriand)が生きていた200年前から、同じリズムで繰り返しているのだろう。 |
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最初、チョット見で、蟻塚が木の周りにあると思った。
ところが近づいてみると幹のようなものであることに驚いた。
気の近くに掲げられている説明文をよく読んでみる。
するとこれが、気根であることがわかった。なんでも、沼糸杉という木は、南アメリカ原産で湿気の多い沼地に生えるとのことだ。根が呼吸するために、地上に登ってくるらしい。
なにか、幻想的な雰囲気を醸し出す、びっくりする木に驚きである。 |
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午後は、狼たちの谷(Valée-aux-Loups)から隣のヘンリセニア公園まで移動した。
ここで、夫婦ともに杖をついた80歳をゆうに超えたご老人2人とすれ違った。二人ともヨタヨタで、転びそうな足つきで歩いていた。 老夫婦は、公園の広場に登る階段のところで、階段をどのようにしてのぼるか話しあっていた。些細なことで、階段を右から攻めるか左から攻めるかである。たった、それだけのことだった。私が、どちらから登っても同じですよと声かけた。 すると、おじいさんは、「ああそうですか」と言って聞こえたのか聞こえなかったのかわからない様子で、右から登っていった。おばあさんは、なぜか左から登っていった。 このような老人を観ると人生について考えさせられる。 「還暦を過ぎたら、いつ迎えが来ても良いようにしておけ」と言われてことがある。最近、その言葉が分かりだした。 還暦は、人生というグランドを1周回った証である。もう十分に生きたし、これ以上のことを望むのは、欲張りと言えるのではないか。例え、年輪を重ね80歳、90歳まで生きたとしても、ガタガタになった体を杖で支えヨボヨボ歩くだけではないか。鏡に映った自分の姿は、どう見てもグロテスクそのものじゃないか。どうぜ、グランド2週目だから、何事につけ、心動くわけでもない。 考え方が暗い。自分に言い訳する自分が辛い。 |
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