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ホテルはインタネットで予約した。一泊47ユーロ(約5500円)である。このホテルは、あたりだ。
まず、受付は綺麗で、受付のおばさんはとても親切だ。夜間の外出の仕方の説明に始まり、部屋の中まで親切に案内してくれた。
部屋の中の装備も、これまた凄い。バスタブ、ヘヤードライヤー、なんと耳掃除用のスティック。そして枕もとには、 ミネラス水に、キャンディー一個まで準備されている。これでこの値段は、驚きだ。 朝食は8時からだった。朝食当番らしき40歳をちょっとまわったおじさんは、ビュッフェ形式の食事の内容をしっかり 説明してくれた。手持ちぶささか、隣に立って、世間話までしてくれた。今の季節、お客さんが少なく、暇だという。 「今日は、どこにいくのか」など、ちょっと、お節介すぎるところもあるが、これはおまけ。 チェックアウトをすませると、自転車で出発する私に、「行ってらっしゃい」と手まで振ってくれた。昨夜のお客は、全部で5名。これでやって いけるのかとちょっと心配である。 ちなみにホテルの名前は、「Dak Hotel」だ。 |
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とても寒く、冷える。昨夜の天気予報では、朝の最低温度はマイナス5度とテレビのアナウンサーは言っていた。朝が早いせいか、日曜の午前10時に、街をぶらつく人などいない。ブラブラしているのは、私だけだ。
アバロン(Avallon)は城塞都市で、街角は絵になる。残念ながら、天気が今ひとつだが、毎日が毎日好天ではないから、しょうがない。
歴史の街を独り占めして楽しんだ。 |
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アバロン(Avallon)からポントウベール(Pontaubert)までの移動に時間を喰った。あまりに良い景色ばかりで、写真撮り
に夢中になった。ポントウベール(Pontaubert)の村に着いた時には、正午をまわっていた。少し、急がないと世界遺産の
村まで辿りつかないかもしれんと思い、ピッチを速めた。
ピエール・パーチュス(Pierre-Perthuis)の村には、絵になる橋が2本ある。ローマ時代の橋と、その起源はわからないが 最近できた橋だ。ローマ時代の橋は、恐らく何度も修理しているのであろうが、人類の技術の進歩がまじかに見られる。 ちっちゃな橋が、後ろの巨大な橋に技術進歩する。 このような古い橋を見るたびに思うのは、一体、この橋を何人の人が歩いて渡ったのだろうかという思いだ。 2011年の1月31日に私は、この橋を渡った。恐らく、1000年前の1011年の1月31日にも、この橋を渡った人が いるのであろう。その人の痕跡は、今のこの世にはまったくない。1000年後の3011年のこの日に、この橋を渡る人は、 恐らくいるだろう。その人は、私と同じような思いを抱くだろうか。 1000年後の未来へのメッセージ。 |
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1月、日曜日。こんな寒い中を、わざわざこの丘を観光に来る人は変わり者である。
フランスにはたくさんの世界遺産登録の村があり、このベズレイ(Vézelay)の丘もその一つだ。 ただ、昔の寺院があるだけだけれど。立ち並ぶ店は、ほとんどが観光客相手のお土産屋さんか、お土産屋さんだ。 寺院に向かう街頭に、20世紀初めの絵ハガキを拡大した当時の風景写真が飾ってあった。 当時は、お店屋さんなど一軒も見当たらない。写真に移っているのは、大きな馬糞だけだ。 |
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午後3時半をまわった。喉が渇いた。ということで、例によって、喫茶店でビールを一杯ひっかけることにした。
日曜日の午後、ベズレイ(Vézelay)の丘で、営業しているお店は、このお店だけだった。
中に入ると、7人〜8人程度のお客がいた。お客は若者達で、コンピュータで何かを見ながら騒いでいた。
カウンターでビールを一杯、値段は2ユーロ(220円)。地図を見ながら夕方までの時間の段取りを考えた。
このベズレイ(Vézelay)の丘から、アバロン(Avallon)の駅までは、距離にして15km。
坂が多いから余裕をみて2時間だろうか。ゆっくり移動しても、午後6時40分の電車には余裕だ。
店の中は暖かい、このままここに居たい思いもあるが、えいっとばかり、外に出た。
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アバロン(Avallon)の駅は丘の上にある。この丘登りは結構辛い。
たかだか100mの高低差だが、2日間に渡り酷使した足は、悲鳴を上げている。一所懸命の歩いての押し登りである。 午後5時を過ぎると、今の季節、あたりは暗くなり始める。 駅には午後6時には着いた。あたりは真っ暗だ。アバロン(Avallon)駅発のパリ行きの電車に乗る乗客は、 私を含め数名だ。 冬の旅は、終わりが寂しい。 |
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