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昨夜、午後23時10分の夜行列車でパリからルルド(Lourdes)まで移動した。
幸いにも、2等の寝台列車は1ボックス6名であるが、私一人の独占状態かと思った。
ところが、出発してすぐに60歳過ぎの大男がやってきて、 「俺は、イビキがすごい。猛烈なイビキだ。隣のボックスの寝台と変わってくれないか?」と尋ねてきた。 このままいると、1ボックスにこのイビキ男と一緒になりそうなので、「いいよ」と言って、しぶしぶ移動した。 隣のボックスは6人の満席だった。夜中、このイビキ男のイビキが隣のボックスまで響いてきた。 被害は免れた。 ルルド(Lourdes)では、多くの人が下車した。午前8時前で、駅前はまだ暗い。駅前のカフェで、朝食をすませる。家族経営の しっかりした店だ。 |
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さて、今回は、あまり行き先を検討していなかった。
とにかく、山の方に行こうと考えて、ルルド(Lourdes)の町のメインストリートを歩いた。 すると、「川沿いの緑の道」(La Voie Verte des Graves)に出くわした。 よくよく看板に書かれた説明文を読むと、全長18Kmの、かっては鉄道が走っていた線路をサイクリング道路にした道だった。 ラッキーと思った。この道を、どんどん進めばピレネーの山の中に入っていけると考えた。 天気は上々である。遥か遠方にピレネー山々がそびえ立つのが見える。 まだまだ午前中で、日が高くない。良い写真は撮れないなあと思いつつ、ゆっくりとサイクリング道路を走った。 |
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「川沿いの緑の道」沿いには、アルジェレ・ガゾー(Argelès-Gazost)やピエールフリット・ネスタラ(Pierrefitte-Nestaleas)
の街々があり、これらの街々では温泉が湧き、それが観光客を呼んでいるという。ここに来るまで、まったく何も知らなかった。
19世紀の終わりには、遥かパリから夏の避暑を兼ねて、多くの金持ちがこの地を鉄道で訪れたと言う。 戦後、車社会になり、鉄道を使う人が減り、結局、廃線になった。 今は、綺麗に整備されている。さすがに、フランスである。 日本では、廃線、即、自動車道であろうが、サイクリング道路にするとは粋である。 |
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平地ばかり走っているので、少し、高いところに行きたいと思った。
オトカムスキー場の看板を見つけ、その看板には、ツールドフランスで伝説の「登り」が楽しめると書いてある。
全長12.9Km、平均勾配8.5%で、標高1520メートルに到達できるとある。
よし挑戦である。変速ギアのついていない自転車での登りは、当然、押し登りである。それを覚悟で登り始めた。 空は、晴れ上がった。出発は正午である。 |
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と、元気よく登り始めたが、そもそも準備不足だった。まず脚力である。
ここのところ、あまり、走っていないことから、押しを続けていると左足無理がかかった。
足を引きづりつつ、次のカーブまでと、自分をだましだまし登った。
次の準備不足は、水である。夜行列車のサービスで付いていた500MLのペットボトルだけである。それも、カンカン照りの暑さのもと、 あっという間に無くなった。標高1000メートルを超えたところで、ギブアップである。情けなさと、悔しさが残った. 下り道、湧水をしっかりと飲む。どうだろう、1リットルは飲んだだろうか。 |
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とんだ失敗だったが、気持ちを持ち直して、今日のホテルに向かう。
途中、素晴らしいツールドフランスの落書きに応援されて、重たい足をひきづりつつ、今日の宿(Lourdes)に向かう。 「川沿いの緑の道」の単調さに、進んでも進んでも、目的地につかないもどかしさを感じだ。 |
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