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日付: 2016年10月8日
場所: プラモロ峠(P.so.di Pramollo:標高 1,782m) 
地域: イタリア(Italy)北部
訪問地: Dreiländerechke service area, (car), Pontebba(561,Italy), P.so.di Pramollo(1,530m) Pontebba(561), Tolmezzo, Arta Terme(442m)


 


夜の移動

 自動車に自転車を積んで午後4時にウィーンを立った。今晩の宿は予約していない。高速のサービスエリアに車内泊を予定。  

 午後9時には、予定どおりオーストリアの最終サービスエリアに到着した。イタリアとの国境まで10q程度手前である。 このサービスエリアにはホテルがある。 そのホテルの駐車場とサービスエリアの駐車場は共有しており、何台かの自動車が、そこに停まっている。  照明灯のまぶしくない場所を選んで野営の準備を行う。野営と言っても自動車の荷台を倒して平らにし、そこに寝袋を敷区だけの質素なものである。  

 ウィーンから持ってきたビールを飲む。自動車の中は真っ暗である。ビールがとても美味しい。   

 

 


目指せ標高差1000mの峠  

   目的の峠は、イタリアとオーストリアの国境にある。標高は1,530m。 峠は、イタリア語でパモロ、ドイツ語ではナスフェルトと呼ばれる。

 走り始めは、ポンテバ(Pontebba)という村だ。土曜日の午前8時。人通りはまばらだ。 ポンテバ(Pontebba)村の標高が561mで峠が1,530mだから、ざっと1,000mの標高差を登ることになる。 私の体力からすれば、中級の登りだろうか。



 


携帯電話のガラスを破損  

   私は携帯電話のカメラで地図を撮影し、サイクリング中は、もっぱら携帯電話の写真、つまり地図を観ながら現在地を確認する。 GPSを使う手もあるが、山奥に入ってしまうとWebにアクセスできなくなってしまう。 したがって、原始的だが、携帯電話の写真機能は重宝している。

 登りかけ始めたときに、胸のポケットから携帯電話を取り出そうとした。その瞬間、携帯電話は私の手から離れ、そしてガラス面を下にして 地面に落下。ギャリという嫌な音がする。携帯電話を拾い上げて画面を観ると、あわれ、画面はひびだらけである。幸い、機能はうまく作動しているようだ。

 何とも残念だ。修理するのに、いくらかかるのだろうかと思うと、心は沈む。



 


まわりの景色がすごい  

   実は、イタリア側からアルプスの峠にチャレンジするのは初めてである。 フランスでもオーストリアでも、イタリア側からアルプスに入っていくことはなかった。

 峠道のまわりは、石灰岩の山肌が灰色に光る切り立った崖である。登山道が一応、あるようだが、これを徒歩で登るのは、さぞ大変なことだろう。

 いろは坂をどんどんと登っていく。 久し振りの自転車での峠攻めだが、足の筋肉はまだまだしっかりしているようだ。しっかりとペダルを蹴ることができる。 土曜日の午前中だからか、また10月になったからバカンスシーズンを外れているためか、すれ違う自動車やバイクも少ない。 快適な登りの走りである。

 

 


牛糞だらけのレストラン  

    坂を根気よく登っていく。標高が1,200mを越える。残り標高差300mである。道路の先に一軒の農家が視界に入る。この農家の周り、牛がウヨウヨとさ迷っている。  

 この農家、南側の日当たりの良い場所に、テーブルとイスを置いている。道路側からすぐに視界に入る壁には、レストランという文字も見える。テーブルに新しいテーブルクロスが敷かれているところを観ると、営業中のようである。   

 レストランの周りには、牛糞があちこちにボタリボタリと落ちている。これでは、いくら何でも、入店する客はいないと思うのであるが、、。例え、間違って入店したとしても、風向きによっては、臭いが酷いはずである。店主も店主で、よくぞ、牛糞を前面に出したレストランを開店したものである。

 

 


 手抜きの峠の表示板  

  午前11時には、峠に着いた。と言っても、峠を表示した看板の前に立ったという表現の方が正確だ。この表示坂、まずは表示されている数字の1,530mの10の桁が消えてしまって、手書きされている。  

それにまだまだ、ここは登り坂の途中である。標高にして10mは登らないと峠には到着しないと思うのであるが、まあ、細かいところはこだわらないことにしよう。  

 峠のイタリア側は寂しい。2〜3軒のホテル兼レストランの建物がみえるが、いずれも季節外で閉鎖中である。



 


 国境線のジャストポイント  

 オーストリアとイタリアとの間には、明確な国境を示すものがない。あるとすれば、道路上の舗装の色である。さすがに国が違うと道路舗装会社が違うようで、舗装方法も違うようだ。明確な色の違いとなって見える。

 峠に登ってくる途中のイタリア側に、第一世界大戦時の記念碑を目にした。Webで当時の状況を調べてみる。すると、イタリア軍とオーストリア・ハンガリー軍が、何年にも渡って、アルプスのこのあたりで、戦争をしていたという。  

 今は、両国の国境に柵はない。人の移動は自由だ。ほんの100年前の戦争が嘘のように思える。



 



 レストランで腹ごしらえ  

 夕べと今朝は、パンと缶詰で食事を済ませた。野宿ゆえに、これは、まあ仕方がないと思う。ただし、標高差1,000mの峠を登ってきたことから腹は減っている。食欲も旺盛だ。

 国境付近の道路上に、ホテルの看板が立っていた。その看板には、営業中と白墨で書かれていた。この季節でも開店しているのである。親切に、ホテルは1km先と、付け加えて書れている。

 ホテルまでの道は、結構な登り坂だった。峠登りで、緊張感が切れてしまった身には、つらい登りだった。  

 お昼前のホテルは、間延びしている。朝の忙しさが終わったばかりで、どことなく従業員ものんびりしている。  暇そうな従業員に、このホテルで食事できないかと尋ねる。すぐに、できるよと言って、レストランまで連れていってくれた。

 元気づけに、肉をバリバリと食べる。まあまあの味である。



 


 ダウンヒルは苦痛  

10月の今の季節、サイクリング時の服装には迷う。登りは、汗をかくので薄着で良いが、下りは、寒さ対策を行わなわなければならない。今回の遠征は、服装選びを誤った。薄い手袋、夏用の長袖とウィンドブレーカーだけである。これでは、摂氏5度の環境での走りは辛い。

夏のダウンヒルは快適だ。ところが今の季節は、服装を誤ると寒さで体が冷え切ってしまう。服装は、しっかりと準備せねばならずと、いつも思うが、なぜか誤った選択をしてしまう。



 


 ホテルでバタンキュー  

ホテルはイタリア側に予約してあった。ポンテバの町から20q程離れたところのアルタテルメ(Arta Terme)という場所だ。

チェックインは、午後4時過ぎに行った。部屋に入り、すぐにシャワーで汗を流す。テレビを観ながらビールを飲んでいたら、猛烈な眠気に襲われた。そのまま、寝入ってしまい。途中、何度も目覚めたが、翌日の朝まで、ベッドの中にいた。