home

日付: 2016年5月14日
場所: ロゼレーナ塔(Rozhlenna Baylon)
地域: チェコ共和国(Czech Republic) モラヴィア地方  
訪問地: Wien, (car), Jamolice, Dukovany, (5106 radweg), Dohelno, (403 radweg), Rozhlenna Baylon(491m), Dalesice, Dukovany, Jamolice, (car), Vyrovice


 


チェコのモラビア地方に向かって出発

 午前7時にウィーンを発った。目指すは国境を超えたチェコだ。ウィーンから北に延びる高速道路は、30キロ程の距離を走ると一般道になってしまう。高速道路は現在、建設中だ。大型の貨物車がひっきりなしに通過する。沿線に住む人達にとっては、さぞ大変だろう。  

 

 


駐車場探しに一苦労  

   国境を越えてチェコ国内を、北に向かてさらに50kmほど走る。ヤモリチェ(Jamolice)という小さな村だ。この村に自動車を停めて、西に広がる森林地帯を走るつもりだ。ただ、適当な駐車場が見つからない。村があまりに小さいために、村の中に自動車を駐車させると目立ってしまうのである。これは良くない。

 ヤモリチェ(Jamolice)村を過ぎるとサッカー場があった。一般的に、サッカー場には駐車場が付設されている。この村のサッカー場にも、整備はされていないが駐車場らしき場所があった。そこに停めて出発する。



 


天気が回復傾向、これはラッキー  

   走り始めると、雲間に青空が見え始めて。天気は回復傾向にあるようだ。これはラッキーだ。

 実は、フレームに取り付けられているボトルケージの停めネジで二つあるうちの一つが、最近、無くなったのである。一つだけでギュート絞めても、すぐに緩んできてしまう。500ccのボトルが、左右のほんの少し揺れることで、すぐにネジを緩めてしまっているようだ。ネジ一つなくしただけで、ボトルケージの取り換えだ。10ユーロ(1200円)程度の出費だろう。これは痛い。  

 

 


美しい村  

 デコバニ(Dukobany)村は、村の西隅に原子力発電所がある。その冷却塔が8つも並んでいる。周りにあまり高い山がないこと、また冷却塔から蒸気が出ることから、遠方からでも視界に入る。実際、40km離れたミクロブ(Mikulov)の町からも見える。

 村の中は、立派に整備されている。村役場の入口横に、電光掲示板が掲げられている。そこに現在の放射線量が表示されている。日本もそうだが、どこにでもある風景だ。  



 


悪路はタイヤに悪い

   デコバニ(Dukobany)村を出て、ここから北に向かう林道を走り始める。一応、自転車道ということだが、路面はかなり荒れており、小石がゴロゴロと転がっている。私のMR4の細タイヤでは、パンクが怖くて走ることができない。ゆっくりと歩いて進む。  



 


雨上がりの緑に映える草原  

   いつの間にか、空は晴れ渡った。風が強くなった。畑の牧草が雨上がりの光を浴びながら風に揺られている。風は、結構、冷たい。どことなく、閉じ込められた部屋の中から、突然、外に出て新鮮な風に吹かれているような感覚だ。これがとても気持ちがよい。

 今、ここで自由にサイクリングを楽しんでいる自分は、一体、何になんだろう。どうして、今、私はここにこうして立っているのだろう。なぜ、風に吹かれているのだろう。チェコ共和国という日本から1万キロ以上も離れた森の中で、自分が息をしていることがとても不思議に思える。

 先日、面白い話を聞いた。人間の体を作る細胞は、常に新陳代謝を行い、1年前と比べて、ほぼ全部が変わってしまうという。唯一、脳細胞は、変わらないそうだが、その脳内ネットワーク網は、常に変化しているという。「私」という存在を意識しているのは、記憶が過去の私という存在を繋げてくれているからという。したがって、昨日の私と今日の私は違う。どんどんと変わっていく。自分が変われば、人も変わる。



 


オートバイの集団走行にびっくり  

   森の奥には、ダム湖がある。そのダム湖を抜けると草原地帯に出る。一つの疑問が湧く。周りは畑と森である。なぜ、昔の人は、この草原地帯を畑として開発しなかったのだろうか。森側が谷となっているから、農地としての魅力が薄かったのだろうか。考えれば考えるほどにわからなくなる。

 草原を見渡す場所にベンチが設置されていたので、時間的にも、ちょうど昼の時間になっていたので、ここで昼食を摂ることにする。自動車でオーストリアからチェコの国境を超えたところにスーパーがあったので、そこで買ったサンドイッチを食べる。パンが柔らかくて、これはあたりだ。

 ドヘルノ(Dohelno)村から西に向って走る。右手北に菜の花畑が広がる。風がこの菜の花畑を抜けてきているようで、淡い香りが漂う。いい気分になっていると、前方からゴーンという爆音が近づいてくるのがわかる。オートバイの一群がやって来る。その数は、どうだろう50台くらいだ。こんなに沢山のオートバイがつるんで走るのを観るのは初めてだ。集団で走るのは、日本だけかと思っていたが、結構、ヨーロッパで見かけるが、この数には驚きだ。



 



1831年に建立の塔、らせん階段に興味  

   森の中に入ると日射が遮られ、走り易くなる。右手に、ちょっとしたモニュメントがあるとの看板が目につく。せっかくだから寄っていくことにする。看板によれば、高さ15メートル程度の塔で、1831年に建てられたと書かれていた。塔の入口に、70歳近い痩せた老人が一人いた。一人ですと指を一つ立てて財布を見せる。すると老人は、ドイツ語で20クローネという。なるほど、この老人、ドイツ語を話すのだと感心する。  

 塔の中は、木製のらせん階段で、階段の一つ一つがうまく積まれている。これは面白い。そして塔の頂上に到着する。塔の中に、なぜか望遠鏡が設置してあり、その望遠鏡を、サイクリストらしいオッサンが一所懸命に覗いていた。窓を通しての望遠鏡であり、その窓のガラスも波打っている。これでは、何にも見えないと思うが、その男は、見続けていた。



 


この威圧感はすごい  

   空には綺麗な雲が浮いている。その雲を前にして、原子力発電所の冷却塔が、すごい存在感で迫ってくる。



 



ホテルの場所を見つけるのに一苦労  

   時刻は、午後4時を過ぎた。ホテルに向かう。Booking.comで予約したホテルだ。小さな村にあるホテルだからすぐにわかると思ったが、そのヴィロビッチェ(Vyrovice)という村に、それらしき建物がない。ホテルの場所案内の看板もない。  

 赤ちゃんをベビーカーに入れて歩いていた女性に、Booking.comの予約票を見せて、このホテルを知らないかと尋ねる。すると、その女性、この道をまっすぐ行けは、丘の頂上にあると言う。ところが、その丘の頂上に行ってもそれらしきものは見当たらないしホテルの看板も見当たらない。ただ、キャンプ場の矢じるし看板はある。  

 ヴィロビッチェ(Vyrovice)の村に戻って、再度、今度はバス停の待合所に座っていた若い男性に尋ねる。すると、同じように指さす。キャンプ場の方かと尋ねると、ああっと言う声をあげて、その通りだと言う。なるほど、キャンプ場の隣かどこかにあるのだろうと確信した。  

 キャンプ場に行ってみる。するとBooking.comに掲載されていた写真どおりのホテルが見の前にあった。ホテルの中に入る。するとレストンランで宴会をやっている雰囲気だ。人の騒ぎがすごいのである。レストランのカウンターバーで、従業員を見つけて、チェックインさせてもらう。すんなりと部屋に入れた。せめて、村の中に看板の一つでも掲げておいて欲しいものだ。