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日付: 2015年10月26日
場所: クルム山(Kulm 標高975m)
地域: シュタイアーマルク州(Steiermark) オーストリア(Austria)
訪問地: Stubenberg see (449m), Kulm(975m), Stubenberg see


 


暖房故障のお詫びにチョコレートをくれた

 結局、二日目も暖房器具は故障して働かなかった。ホテルは、一所懸命気を使ってくれたが、私はそんなに寒くなかったので、 心の中では、「もういいよ」と思っていた。  

 朝食を思いっきり食べて、部屋でパッキングを済ませてフロントに降りる。そして会計のチェック。 年老いた老夫婦は、私に2泊で64ユーロを請求した。当初、72ユーロと聞いていたが、それより安かった。 お金を払うと、おばあさんが、でっかい板チョコレートを持ってきて、これはお土産だと私に渡してくれた。    

 なんと親切な老夫婦なことだと思う。こういう気持ちで仕事をすれば、長い目でみると店は繁盛するのだろうなと感じた。  

 

 


天気が今一つだ。  

   実は、2日レンちゃんで、車の駐車違反を取られた。街の真ん中に駐車したのが悪かっただろうが、土曜、日曜と、街は閑散としており、 なんで駐車違反をとるのかと腹が立った。 特に、昨日の日曜日は、小さな村の、だれもいない駐車場に停めた。 それで違反を取るなんてオーストリアの警察は血も涙もないのか憤慨した。

 1回20ユーロ、2回で40ユーロの罰金だが、40ユーロあれば、500mlの缶ビールが4ダース買えるではないかと、貧乏計算をする。

こういう嫌なことは、さっさと忘れて旅を楽しもう。  



 


落ち葉舞う林道  

   まさに秋本番だ。この季節も刻一刻と過ぎて次の季節に移る。「歳月、人を待たず」と言うが、時間というものは、どうしてこんなに 冷酷に過ぎ去っていくのだろうか。オーストリア国内を走り始めて1年近くが経つ。 あっという間の一年だ。そして、新たな一年に突入っしていく。やがて、おいぼれになって、この世を去っていく。 先は見えているのだから、せめて、今日一日を楽しもう。  

 

 


スターベンベルグ湖畔を走る  

 結構、大きな湖だ。夏は水泳や水遊びで賑わっているように思う。その駐車場のスペースの巨大さから、いろいろと想像ができる。  

 天気が今一つながら、湖畔を散歩する人を多くみかける。カップルあり、家族連れありと、いろいろと多様性に富む。  



 


クルム山を目指して登り始める

   湖面の標高は、450m。クルム山(Kulm)の頂上は975mだ。500m程度の登りになる。夏に鍛えた脚が、今だ健在なだけに、これは楽勝だと思う。

 ところが、登り始めて気づいた。この登り道がすごい急傾斜なのである。傾斜15パーセントはあると推測する。 一番のローギアに入れて、コツコツと漕ぐ。先を見るとやる気が削げてしまうので、足元を眺めて、ひたすら、漕ぐ。

 すると一台の自転車が涼しい顔をして追い抜いていった。なんと、ここでも電動アシスト車に追い抜かれた。こういう苦しい時に 涼しい顔をして追い抜かれると「人力自転車」は辛い。



 


おっと、晴れ間が見えてきた  

   時刻は午前11時を過ぎた。しだいに雲が薄くなり、太陽が顔を出し始める。すると、まわりの木の葉の黄色が輝きだす。 しかし、思うに日が差すだけで、どうしてこんなにも、周りの景色が一変してしまうのだろう。ほんとうに不思議だ。



 


1時間程度で頂上付近まで到着  

   休み休みの坂登であったが、到着地点が視界に入ってからは変に元気がでた。 これって、自転車での坂登に限らず、目標地点が定まると人間は変わるなあと、妙なことを考えながら漕いだ。

 頂上付近に駐車場があり、ここから上は徒歩とのことだ。またこの駐車場付近からは、ハンググライダーの離陸地点 にもなっているらしい。

 自転車を置いて歩き始める。どうも、このあたり私有地らしい。農家の家の前を通って頂上を目指した。



 


頂上はすぐそこ  

   頂上には数基のチャペルが立てられていた。そして、オーストリアの山は、どこでもそうだが、頂上には十字架が立てられている。 ちょうど日本で、頂上に神社の祠が祀られているのとおなじだろうか。

 不思議なものだ。どうして地球の裏と表で、こんなにも宗教的な類似性があるのだろうか。山の頂上は、天国に近いからだろうか。



 


下りはあっと言う間  

   苦労して登った登り道を、なぜ下るのだろうかと変なことを考える。 人間、自分に苦痛を与え、その苦痛から逃れた後の開放感が忘れられないのだろか。

 マラソンの刺激に飽きた人が、トライアスロンの刺激を求める。 行きつくところは、100kmラン、そしてウルトラ耐久レースへと進む。更なる強い刺激や開放感を求める。

 年齢を重ねると、脳が、この仕組みを先読みしてしまうようだ。「やっても、やっても、上には上がある。」であれば、 やらないくっても良いのではないかと納得する。人間の感情は不思議だ。 そして年齢を重ねることはそれをまた複雑にしてしまう。