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日付: 2015年5月10日
場所: 鉄のカーテン・トレイル(Iron Curtain Trail) スロバキア(Slovakia)、 モラバ川沿いのデビン村(Morava,Devin)
訪問地: Loimersdorf, Marchfeldkanal, Schloss Hof,Freiheitsbrükw, Devin, Iron curtain Trail, Schloss Hof - Bratislava tour, Bratislava, Wolfsthal, Hainburg an der Donau, Loimersdorf


 


澄み渡った空の下

   ロイマースドルフ(Loimersdorf)村に車を置く。そして、先日、パンクのため、途中リタイアした マルヒフェルト運河(Marchfeldkanal)沿いの旅を再開する。目指すは終点だ。そして 国境を越えたスロバキアの中まで入る込むつもりだ。  

 車は、道路沿いに停めた。日曜日だ。誰も文句を言う人はいないだろう。そして一路、北へ向かう。  

 

 


ずいぶんと雰囲気が違う  

   景色がずいぶん変わっていることに驚く。まず、路肩に生える草の背丈がずいぶんと伸びている。 そして、緑が、ずいぶんと鮮やかになった。また、黄色、紫、白、の草花が、満開だ。これはすごい。

 ただし、風が、とても強い。幸い、フォローの風ゆえに、自転車漕ぎは楽だ。ただ、長袖シャツとはいえ、 風が冷たい。ウィンドブレーカーを持ってくるべきだったか。

 

 


なんと自転車通過のカウンター  

   道添に、近代的な表示盤がある。何だこれはいったいと思う。よくよく眺めてみると、 これは、自転車がこの前を通った時に、カウントされる、表示器だった。  本日の通過はゼロ台だという。今月の累計が716となっている。こんな物、生まれて初めてみた。 自転車ツーリング先進国のオーストリアらしい風景だ。機械の前で、記念撮影を行う。  

 ところで、本当に、この機械は動いているのかと疑問に思った。試しに、前を通過してみる。 ところが、表示されるカウント数が増えないではないか。要は壊れているのか、それとも、冷やかしの 通過は、無視してしまう判定機能が付いているのだろうか。不思議な機会だ。  

 

 


   ここで、運河を離れて北上  

   木の床が張られた鉄橋を渡る。これで、ずっと走ってきた運河沿いの道から離れる。 これからは、普通の道を走ることになる。

 時折、雲が日射を遮る。すると、あたり一面が、暗っぽくなる。しばらくすると、日差しが差し始める。 世の中が変わったように見える。空気が澄んでいるのか、新緑のためか、とにかくすごい景色だ。



 


  ここで、コースは終点  

   全長65kmの自転車道は、ここで終わる。場所は、シュロスホッホ(Schloss Hof)だ。 ここには、立派なお城がある。天気も良い。多くの観光客が訪れているようだ。

 一応、お城は外から眺めるもので、中に入るものではないとの信念のもと見物はしない。 城の入口近くにベンチがあり、そこで、ちょっと早いが昼食にする。

 ウィーンのパン屋で買ってきたサンドイッチ風クロワッサンを食べ始める。クロワッサンに ハム、卵、野菜を挟んだもので、結構、いけてる味だ。



 


  オーストリアからスロバキアへの国境越え  

   モロバ(Morova)川が両国の国境になっている。近代的な橋が架かっている。 名前は、「友情の橋」だそうだ。

 多くの人が、橋を渡る。 自転車や歩きだ。無邪気な子供もいる。戦時代の鉄のカーテンがあった頃の人が、この光景を観たらどう思うだろうか。



 


デコボコの多い道  

   風が強いのが難点だ。しかし、時折、晴れ間が広がる。これは良い。

 自転車道道の整備状況は、あまり良くない。モロバ川の氾濫源を自転車道が走っているためか、 木の根が、道を盛り上げているようだ。ところどころ、デコボコが見られる。道の状況を しっかり見ていないと、ガックンという衝撃を受けてしまう。これは、タイヤ幅の狭い私の 自転車にとっては災難だ。



 


400人が銃殺されたという記念碑  

   冷戦の頃、この川を渡ろうとした人々がいた。川を渡って、西側諸国に行きたかった人だ。 デビン(Devin)の丘の横に、記念碑が立っている。冷戦時代の状況を説明する碑だ。 なんと、400人が、川を渡ろうとして銃殺されたという。その人達の名前が、碑に刻まれている。

 鉄のカーテンがなくなって25年が経つ。 碑の前に多くの人がいる。私の同じ年代の人も多い。この人達は、この碑を見て、 何を思うだろう。3人の若者が、碑の近くに自転車を停めて、ドナウ川を眺めていた。 若者は、歴史書の中でしか昔のことは知らない。



 


スロバキア語の看板  

   スロバキア内を走る。 当然のことだが、看板もスロバキア語表示だ。 島国の日本では実感できないが、陸続きの国では当たり前のことだ。

 鉄のカーテン・トレイル道と別名がついた自転車道を走る。恐らく、かっては、 重厚な鉄条網があったところだろう。今、という時間が、宙に浮いてしまったような 感覚を感じつつ、自分の25年前の生活を思った。



 


風向いの走り  

   ブラチスラバの街の中に入り、そして、その後、自転車道は、再度、オーストリアに入る。

   時刻は午後3時を回った。ハインブルグからドナウ川を渡り、自動車が置いてあるロイマースドルフ(Loimersdorf) に向かう。

 風がとても強い。風向かいの走りだ。自転車のギアを思いっきりローにして、風との格闘だ。